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広島地方裁判所 昭和59年(行ワ)17号 判決

原告 畑俊雄こと渡部俊雄

被告 国 ほか二名

代理人 津田忠昭 平野勝利 ほか二名

主文

一  昭和五九年(行ウ)第一七号土地買収処分無効確認請求事件の訴えを却下する。

二  原告の昭和五四年(ワ)第一一五三号土地返還請求事件の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

(昭和五九年(行ウ)第一七号事件)

被告国及び被告広島県が昭和二五年三月二日にした別紙目録記載の土地(以下「本件各土地」という。)の買収処分は無効であることを確認する。

(昭和五四年(ワ)第一一五三号事件)

1  原告と被告らとの間で、本件各土地が原告の所有であることを確認する。

2  被告らは原告に対し、本件各土地上の物件を収去してこれを明け渡せ。

3  被告らは原告に対し、別紙目録記載一の土地(以下「本件一土地」という他の土地についても同様の例による。)につき、広島法務局祗園出張所昭和二八年九月二八日受付第二一〇四号所有権移転登記並びに本件二土地につき、同法務局同出張所昭和二八年九月二八日受付第二一〇四号所有権移転登記、同法務局同出張所昭和三八年七月三〇日受付第四六一二号所有権移転登記、同法務局同出張所昭和三九年七月一三日受付第四九六〇号所有権移転登記及び同法務局同出張所昭和四七年一一月九日受付第二一九五一号所有権移転登記並びに本件三土地につき、同法務局同出張所昭和二八年九月二八日受付第二一〇四号所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。

4  被告らは各自原告に対し、金二〇〇万円及びこれに対する昭和二七年九月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

5  本件二土地につき被告国及び被告広島県がしたすべての所有権移転行為は無効であることを確認する。

6  右2項が執行不能のときは、被告らは連帯して原告に対し、広島市内の本件各土地と同面積の平地を代替地として引き渡せ。

7  右6項も執行不能のときは、被告らは連帯して原告に対し、本件各土地の時価相当額及びこれに対する昭和二七年九月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

8  訴訟費用は被告らの負担とする。

9  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(昭和五九年(行ウ)第一七号事件、被告国及び被告広島県)

原告の請求を棄却する。

(昭和五四年(ワ)第一一五三号事件、被告ら全員)

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求原因(両事件共通)

1  原告による本件各土地の取得

(一) 本件各土地はもと原告の母寿美子の父畑與一(以下「与一」という。)所有のところ、同人は昭和二二年九月二五日本件各土地を原告に贈与するとともに昭和二三年八月一六日原告を養子とした。右贈与につき県知事の許可は受けていないが、本件各土地は本来宅地であり、仮に農地であるとしても、原告は広島県知事代理執行機関祗園町農地委員会の許可を得ているし、当時県知事の許可業務は停止されていたので、県知事の許可を得ていなくても原告は有効に本件各土地所有権を取得することができる。

(二) 仮に右贈与の効力が生じないとしても、与一は昭和二五年三月一二日死亡し、原告は本件各土地を相続により取得した。

2  本件各土地は自作農創設特別措置法(以下「自創法」という。)の規定により買収された(以下「本件買収処分」という。)が、右買収処分には次に述べるとおりの重大な瑕疵が存し、したがつて本件買収処分は無効である。

(一) 本件買収処分当時の本件各土地所有者は原告なのであるから、原告を被買収者として買収手続が進められるべきであるのに原告には買収令書も交付されていない。仮に被買収者が与一であるとしても、与一は、昭和二二年六月一四日開催された祗園町農地委員会に出席して意見を述べているし、また、同年一〇月ころ当時の広島県安佐郡祗園町農地委員会に出頭して本件各土地を原告に贈与した旨を届け出た際、自己の日本及びハワイにおける住所を通知したし、当時の祗園町の職員で同町農地委員会委員でもあつた石山桂一は与一の友人であり与一の住所を熟知していた。したがつて、買収にあたつた県知事においても与一の住所は判明していたというべきであるにもかかわらず、与一を所在不明として取り扱い買収令書を交付しなかつた。仮に県知事において与一の住所が明らかでなかつたとしても、戸籍簿を調査し、大阪市天王寺区役所に照会し、あるいは祗園町に勤務していた石山桂一に問い合わせれば判明したことであるから、これらの手段を尽くすことなく与一の所在が不明であるとして公告をもつて買収令書の交付に代えたのは違法である

(二) 買収令書の交付に代わる公告には、買収対象地の特定につき所在地の町名のみの記載しかなく、所在、地番、地目、面積の記載がなく、また、公告記載の対価と供託された対価とが著しく相違している。

(三) 与一は昭和二五年三月一二日死亡しているところ、県知事はその後死者を被買収者として買収、買収公告、対価の供託等の買収手続を行つている。また、右供託金は昭和三〇年二月四日に還付されているが、本来これを受けるべき原告が還付を受けたものではない。

(四) 本件各土地は、一時耕作者の畑貞之助以外小作人は存在せず(谷川正大、寺田忠一、溝口八百三らは与一に無断で本件各土地その他を耕作していたにすぎない。)、また、与一が戦前ハワイ移住のため出国した際には宅地であり、与一は帰国後ここに居住する予定であつたためそのまま宅地としておくつもりでいたところ出国後誰かの手で農地状態にされてしまつたものであり、更には、与一は米国籍を取得していたので、これらの点からすれば、本件各土地は自創法上買収対象地となり得ない土地である。

3  自創法は憲法二九条に違反する違憲無効の法律である

4  本件各土地の買収対価は憲法二九条三項にいう「正当な補償」といえるものではないから本件買収処分は無効である。

5  本件各土地を違法に買収して所有権を取得したのは被告国であるが、具体的な執行行為をしたのは被告広島県(広島県安佐郡祗園町)であり、本件二土地は現在被告広島市が所有している。したがつて、違法無効な買収処分に基づく原状回復義務及び損害賠償義務は被告ら全員が連帯して負担すべきである。

6  以上のとおり、自創法に基づく本件買収処分は違法かつ無効であるので、原告は被告らに対し、請求の趣旨記載のとおり本件買収処分の無効確認並びに本件各土地が原告の所有であることの確認、本件各土地の原状回復及び不法行為に基づく損害賠償(国家賠償法一条一項)を求める。

二  請求原因に対する認否(両事件共通、被告ら全員)

1  請求原因1(一)記載の事実のうち、本件各土地がもと与一の所有であつたことは認めるが、その余の事実は否認又は不知。

本件各土地はもと広島県安佐郡祗園町大字東山本字折出五〇二番、畑、一畝一四歩(以下地番のみで示す。同所五〇三番、畑、一畝二一歩についても同じ。)及び五〇三番の各一部であり、これが買収された後分筆されたものである。ところで、原告が与一から贈与を受けたと主張する昭和二二年当時右五〇二番及び五〇三番は農地であつたのであるから、当時の農地調整法により県知事の許可を受けなければその所有権移転の効果は生じないところ、原告は右許可を受けていない。したがつて、原告は、仮にその主張のとおり与一から贈与を受けたとしても本件各土地所有権を取得することはできない。

同1(二)記載の事実のうち、与一死亡年月日は認めるが、その余の事実は否認する。

2  同2記載の主張は争う。

(一) 原告が与一から贈与を受けたとしても本件各土地所有権を取得できないことは1において述べたとおりであるから、被買収者は原告ではなく与一となる。

県知事において与一の住所が判明していたとの事実は否認する。

原告は県知事が与一の住所を確知できなかつたことに過失があるというが、戸籍調査でこれが判明する筈もなく、また、大阪市天王寺区役所や石山桂一に照会すべき何の手懸りも有していなかつたのであるから、これらの手段を講じなかつたからといつて県知事に過失があるということはできない。

(二) 公告の瑕疵については、広島県報には「一自作農創設特別措置法第六条第五項各号に掲げる事項は、別冊のとおり。」と記載され、同県報に添付されたその別冊には五〇二番及び五〇三番の所有者の氏名及び住所として「畑与一」「在米」、本件各土地の所在として「安佐郡祗園町」、買収対価として「五一五円八四銭」と記載され、更に同県報には「三詳細は各市町村農地委員会又は県に備付けの一の別冊及び買収計画書により承知せられたい。」と記載されており、当時祗園町農地委員会及び広島県に備え付けられていた買収計画書には、五〇二番及び五〇三番の地番、地目、面積など自創法六条五項各号に掲げる事項が記載されていたのであるから、公告内容に欠けるところはない。また、公告には買収対価として「五一五円八四銭」と記載されていることは前記のとおりであるが、これは「五一一五円八四銭の誤記である。仮に公告に瑕疵があるとしても買収処分を無効とするほどの重大な瑕疵でないことは明らかである。

(三) 買収公告がなされたのは昭和二六年五月二二日で、対価の供託がされたのは昭和二七年九月九日であるので、これらはいずれも与一死亡(昭和二五年三月一二日)後になされたこととなるが、買収日は昭和二五年三月二日(本件買収計画が広島県農地委員会によつて承認された日)で与一の生前であるし、公告及び対価の供託は与一の相続人に対しなされたものと解することができる。なお、自創法に基づく買収処分の効果は、対価の支払又は供託がなくても失効するものではない。

(四) 五〇二番及び五〇三番は谷川正大及び本告唯次の耕作する小作地であり、所有者の与一は渡米中で自ら耕作していなかつたから、右各土地は自創法三条一項一号又は同条五項六号に該当し、また、右各土地は土地台帳からも明らかなとおり明治時代から農地であり、与一が米国籍を取得していないことは、同人の子八名全員が昭和八年五月四日日本国籍離脱の届出をしているのに与一自身はそれをしていないこと等から明らかである。仮に与一が米国籍を取得していたとしても、日本の戸籍上日本人として記載されている者の所有農地である限り買収対象となり、与一が日本の戸籍上除籍になつていなかつたことは明らかである。以上原告が五〇二番及び五〇三番につき自創法上買収対象地となり得ない根拠として主張するところはいずれも理由がない。

3  同3ないし5記載の主張はいずれも争う。

三  抗弁(昭和五四年(ワ)第一一五三号事件被告ら全員)

1  損害賠償請求権の消滅

不法行為による損害賠償請求権は不法行為時から二〇年を経過したときに消滅するものである(国賠法四条、民法七二四条)ところ、原告の本訴提起は昭和五四年一一月三〇日であり、仮に本件買収処分が違法であるとしてもそれに基づく損害賠償請求権は、本件買収処分の公告がなされた昭和二六年五月二二日から二〇年を経過することにより除斥期間満了で消滅したというべきである。

2  本件各土地の時効取得

被告国は昭和二五年三月二日五〇二番及び五〇三番を買収したが、昭和二六年五月二二日買収公告をなすと同時に所有の意思をもつて平穏かつ公然に右土地の占有を開始した。その後被告国はこれを分筆し、昭和三八年七月一日本件二土地を大久保哲に売り渡し、更に昭和三九年三月三〇日右大久保はこれを安佐郡祗園町(現広島市)に売却して引き渡した。したがつて本件一、三土地については被告国は買収公告時の昭和二六年五月二二日以来所有の意思をもつて平穏かつ公然に占有を継続して現在に至つており、したがつて右各土地については遅くとも昭和四六年六月一日の経過により二〇年間占有を継続したことによつてその所有権を時効取得している。また、本件二土地については昭和二六年五月二二日に本件買収処分に係る買収公告がなされ、昭和二八年九月二八日に与一から被告国への所有権移転登記がなされているから遅くとも昭和二八年九月二八日から被告国が自己の所有物として平穏かつ公然に占有を開始し、以後大久保哲、安佐郡祗園町及び被告広島市と占有が承継されたから、被告国が占有を開始した昭和二八年九月二八日から二〇年を経過した昭和四八年九月二九日には取得時効が完成しているし、大久保哲は本件二土地の売渡しを受けてその旨の所有権移転登記を経て占有を開始した昭和三八年七月三〇日当時本件二土地が自己の所有であると信じ、かつ、そう信じるにつき過失はなかつたから、占有の開始から一〇年を経過した昭和四八年七月三一日には取得時効が完成している。被告らは本訴において右各時効を援用する。

四  抗弁に対する認否(昭和五四年(ワ)第一一五三号事件)

否認する。

五  再抗弁(昭和五四年(ワ)第一一五三号事件)

1  被告らは本訴に先立つ民事調停手続中の昭和五四年一〇月一日、本件各土地を原告が所有していることを認め時効の利益を放棄した。

2  違法行為をした当事者である被告らが消滅時効や取得時効を援用することは信義に反し許されない。

3  被告らの本件各土地の占有は他主占有かつ隠秘の占有である。

六  再抗弁に対する認否(昭和五四年(ワ)第一一五三号事件被告ら全員)

否認する。

第三証拠 <略>

理由

第一昭和五九年(行ウ)第一七号事件について

行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)三八条一項、一一条によれば、行政処分の無効確認の訴えにおいて被告とすべきは処分行政庁であり、自創法九条によれば買収は都道府県知事がすることとなつているのであるから、買収処分の無効確認を求める本訴において被告適格を有するのは広島県知事であつて行政主体である被告国や被告広島県ではない。この点において既に本訴は不適法というべきであるが、更に、行政処分の無効確認の訴えの原告適格は行訴法三六条により限定されているところ、原告は、本件買収処分に続く処分による損害を受けるおそれがあること又は本件買収処分の無効を前提とする現在の法律関係に関する訴えにより目的を達することができないことを示す具体的事実につきいずれも主張立証していないのであるから、原告に右訴えの原告適格を認めることはできず、この点においても本件買収処分の無効確認を求める訴えは不適法であり却下を免れない。

第二昭和五四年(ワ)第一一五三号事件について

一  請求原因1(一)記載の事実のうち、本件各土地がもと与一の所有であつたことは当事者間に争いがない。

<証拠略>によれば、本件各土地は本件買収処分後分筆により生じたもので、その元地番は五〇二番及び五〇三番であつたところ、右各土地は明治時代から地目は畑で、現実にも畑として耕作されてきており、原告が与一から土地の贈与を受けたという昭和二二年九月当時も同様であつたと認めることができる。したがつて、右各土地は右贈与当時農地調整法(昭和一三年法律六七号)にいう農地であつたということができる。そうすると当時の同法四条(昭和二一年一一月二二日施行の昭和二一年法律第四二号によつて改正されたもの)、同法施行令二条(昭和二一年勅令第五五六号によつて改正されたもの)により贈与の効果発生のためには県知事の許可を要するところ、与一から原告への右各土地の贈与につき右許可がなされたことを認めるに足る証拠はない。原告が右許可を受けていなくても贈与は効力を生ずるとして主張するところは、いずれも許可なくして贈与が効力を生ずることを理由づけ得るものではない。

しかしながら、<証拠略>によれば、与一は昭和二三年八月一六日原告を養子としたあと昭和二五年三月一二日に死亡して相続が開始し、五〇二番及び五〇三番が相続財産であればこれを原告が相続したことが認められるので、更に進んで五〇二番及び五〇三番に対する自創法による買収処分の効力について検討する。

二1(一) 被買収者を原告として買収手続を進めるべきであつたとの原告の主張が理由のないことは一で述べたところから明らかである。

(二) 買収当時県知事において与一の所在が判明していたことを認めるに足る証拠はない。

(三) <証拠略>によれば、次のとおり認めることができる。

(1)  与一は明治末年ハワイに渡つて貿易業務に従事し、その後ほとんど帰国することもなかつたことから五〇二番、五〇三番外の与一所有の農地は親族関係にある水口匠がこれを管理し賃貸借契約の締結、賃料の受領等の全てを行つており、借主らも所有者が与一であることは知つていたが、その管理は水口に任されていると信じて契約等を結び格別の問題も生じていなかつたし、与一は昭和二二年に帰国した際安佐郡祗園町に帰郷して親戚の家に滞在し自己所有土地の状況をみているが、そのときにも管理人として振舞つていた水口匠や耕作者との間に紛争はなかつた。

(2)  谷川正大は昭和一二年ころから水口の依頼で五〇二番及び五〇三番を賃借して耕作を開始したが、昭和一八年ころ、与一の兄と思つていた畑貞之助から要求されて五〇二番及び五〇三番の各一部(本件土地に該当する部分)を同人に返還し、貞之助は与一所有の五〇四番の宅地上に居宅を建設して返還を受けた畑を耕作していたが昭和二〇年六月死亡し、建物と畑とは畑貞之助の遠戚に当たる本告唯次が引き継いだ。

(3)  与一は昭和二二年八月日本に里帰りしたが翌昭和二三年末ころ帰米し、以後昭和二五年三月ハワイで死亡するまで再び来日することはなかつた。

(4)  与一所有の五〇二番及び五〇三番はいずれも自創法による買収対象地とされ、昭和二二年五月九日祗園町農地委員会で買収が決定し、昭和二五年三月二日広島県農地委員会において右の内容を含む祗園町農地委員会の買収計画が広島県農地委員会によつて承認されたところ、与一についてはその所在が在米としか判明せず令書の交付ができないものとして昭和二六年五月二二日広島県報による公告により令書の交付に代えられた。

(5)  買収計画を買収予定農地所有者に周知させるために、不在地主の場合には在村の親戚や納税管理人に連絡する等の方法を用いていたが、与一の場合は買収手続の初期の段階から所在不明者として取り扱われていた。

(6)  五〇二番及び五〇三番は、買収の後、谷川正大が耕作していた部分が五〇二番一及び五〇三番一として同人に売り渡されたため被告国の所有として本件各土地が残つた(本件二土地は昭和二八年六月三日に五〇二番二から分筆された。)。

以上のとおり認めることができ右認定に反する証拠はない。

そして右に認定した事実からすれば、県知事においては、当時与一所有農地を管理していた水口匠や耕作者を調査した結果在米としか判明しなかつたものと推認することができ、したがつて県知事において「令書の交付をすることができないとき」に該当すると判断したことに違法はないというべきである。原告は与一の戸籍簿を調査し、大阪市天王寺区役所に照会し、あるいは当時安佐郡祗園町役場に勤務していた石山桂一に問い合わせれば与一の住所は判明した筈であると主張し、<証拠略>によれば、与一のハワイにおける死亡の事実とその場所は昭和二五年六月一四日に届け出られていることが認められるが、本来戸籍簿では人の住所は判明しないのであるからこれを調査しなかつたとしても過失ありということはできないし、また、県知事が当時大阪市天王寺区役所に与一の住所を照会すべき手懸りを有していたと認むべき証拠はない。次に<証拠略>によれば、本件買収処分が行われた当時、与一は祗園町農地委員会に勤務していた石山桂一と個人的交際があつたことが認められるが、県知事において右事実を知り又は知りうべきであつたことを認めるに足る証拠はない。

以上のとおりであり、県知事において、与一の所在が不明であり買収令書の交付をすることができないときに該当すると判断し、公告をもつて令書の交付に代えたことに違法はないというべきである。

2 公告の内容の瑕疵について

<証拠略>によれば、令書の交付に代わる公告には買収対象地の特定につき所在地の町名までの記載しかなく、自創法九条一項により公告することが要求されている地番、地目及び面積についての記載がなされていないことが認められ、この点において公告に瑕疵があることは原告主張のとおりである。しかしながら、<証拠略>によれば、公告には「詳細は、各市町村農地委員会又は県に備付けの一の別冊及び買収計画書により承知せられたい。」との記載がなされ、<証拠略>によれば、右に案内されている買収計画書には本件買収地につき地番及び面積が記載されていることが認められ、また、<証拠略>によれば、祗園町農地委員会は、五〇二番及び五〇三番を含む与一所有農地の買収計画を樹立し、昭和二五年一月六日これを公告し、この公告の日から一〇日間祗園町役場において被買収者、被買収地等の細目が縦覧に供されたことを認めることができ、右に認定した事実と併せ考えれば、公告内容が不十分であつたとの前記瑕疵は本件買収処分の無効を結果するほど重大かつ明白なものではないというべきである。次に、<証拠略>によれば、公告された買収対価は金五一五円八四銭であるのに対し、供託されたそれは金五一一六円であることが認められるけれども、両者を比較すれば公告すべきは被告ら主張のとおり金五一一五円八四銭であつたと窺え、公告にはこの点でも瑕疵があつたことは否定できないが、右程度の瑕疵は本件買収処分の無効を来たすべき瑕疵とは未だいい得ない。

3 <証拠略>によれば、与一は昭和二五年三月一二日に死亡(同年六月一四日届出)しているところ、本件買収処分の効果発生時期はそれ以前の同月二日であるが、買収公告及び買収対価の供託はいずれもその後の昭和二六年五月二二日及び昭和二七年九月九日に与一を名宛人としてなされていることを認めることができる。しかし、死者を名宛人とした右各手続は与一の相続人に対してなされたものと解することができるので、右の点をもつて買収手続が違法になされたと評価することはできない。また、<証拠略>によれば、与一に対する供託金は昭和三〇年二月四日に還付されていることが認められるが、買収対価の支払の有無と買収の効果とは直接には結びつかず、仮に原告が還付を受けていないとしても既になされた本件買収処分の効果に影響を及ぼすものではない。

4 前記1(三)(1)(2)において認定したところからすれば、与一は出国後の自己所有地の管理を水口匠に任せており、五〇二番及び五〇三番のうち谷川正大が耕作していた部分は同人が与一代理人水口から賃借している農地であり、その余の部分は畑貞之助又は本告唯次が与一代理人水口との間での賃借権又は使用貸借に基づいて耕作していた農地であると推認することができ、したがつて、五〇二番及び五〇三番は自創法三条一項一号に該当する買収対象地であつたというべきである。仮に現実に耕作していた本告には何らの耕作権原がなかつたとしても、当該土地は農地で所有者の与一はハワイに居住していたのであるから、自創法三条五項六号に該当する買収対象地であつたということができる。

なお、与一が米国籍を有していたと認めるに足る証拠はない。

以上のとおり、原告が本件買収処分の瑕疵として個々的に主張するところは、瑕疵とはならないか又は買収処分を無効としなければならないほどの重大な瑕疵ではない。

三  自創法自体が憲法二九条に違反するものでないことは明らかであり、買収対価についても、自創法六条三項に基づく対価の算出は合理性を有し、私有財産を公共のために用いる場合の正当な補償と評価しうるものである。

四  以上のとおりであり、五〇二番及び五〇三番ひいて本件各土地に関する自創法に基づく本件買収処分は未だ無効であるとは評価しえず、その無効であることを前提とする原告の本訴各請求はいずれも理由がない。

第三結論

よつて、本件買収処分の無効確認を求める訴えを不適法として却下し、その無効であることを前提とする各請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条(行訴法七条)を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤誠)

別紙目録 <略>

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